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止まれテレビ 進めテレビ

みなさん、こんにちは。エグゼクティブプロデューサーの中山和記です。
ブログ担当としてこれまで6回に渡り綴ってきましたが、ここで一旦閉じて、タイトルも新たに「ある日 あの時」として再スタートします。
私の身の回りの出来事をスケッチして、随時紹介していきますので、これまで読んで下さった方、また今回初めて訪れた方も、是非ご愛読いただければと思います。
宜しくお願いします。

第2回「風の旅人フーテンの寅さん」

今回は、もう一度、映画「フーテンの寅さん」こと「寅さん」、渥美清さんの秘話を話したいと思います。
私はその「寅さん」に、個人としてとっても可愛がってもらったんですね・・。
秋が来て、そして正月。ところが、季語にも近かった「フーテンの寅さん」の映画はもうやって来ない・・。とても寂しく思います。
ある日に、毎度の様な電話が入りました。「わきちゃん。元気かい?」私のこと、わきちゃん、でした。「え、まあまあです」「そうかい。まあまあが一番だねえ・・」「渥美さんは・?」「まあまあ・・」二人して笑い合い、「出るかい・・?」
「出ましょう!何処へ行きます・・?」「・・ん、そうだな。わきちゃん、国立でやってるあの○○の芝居、観たかい・・?」「いや・・まだです」「それ行ってみようぜ。・・どうせこ・く・り・つだから、つまんないだろうけど」
行きましょーうってんで、待ち合わせして芝居に行くんです。ですけど、毎回観るのは一幕から二幕まで。早い時は一幕二場あたりで、耳元に「わきちゃん、帰ろ・・」「・・!」あまりに渋っていると、「好きなこいるんだ。あ、あの左から二番目の娘(こ)だろ。あの、ぽちゃっとした・・」
割と大きな声で渥美さん言うんですよ。「わっ」てんで、席を立つんですけど、周りに申しわけないやら、恥ずかしいやら・・。
そうやって、時に芝居めぐり・・。時に食事して、買い物のお伴。渥美さんは、必ず私にも何かを買ってくれます。「好きなの選びなよ」ってんで、遠慮してると、「これにしなよ」って。
ある日の電話で。「調子悪いんですよ・・」と私が答えると、「身体の造りが悪いんだよ。電話しとくから行って来な」と、ある有名な整体の治療所を紹介してくれた。
「渥美から・・って言えばいいから」と言われたので、のこのこ伺うと、立派な白衣の先生が出てきた。「ああ、お聞きしてます。重症だとか。大変ですね。今日は容赦なくやりましょう」「あ、はい。宜しくお願いします」
着替えた後は、もうボキッボキッってんで、痛いのなんの。「はい。目がすっきり見えるはずです。歩いてみてください、身体も真っすぐ歩けるようになったはずです。骨盤の矯正もやっときましたから」・・でも、依然として目はうつろで、有り難うございましたと、失礼する。外へ出て、なぜかよろけましたけど(笑)。5回ほど通い、体調も戻ったので、治療も終わりになりました。
「支払いをお願いします」「はい結構です。渥美様から全部お支払い頂いておりますので・・」「え~!」渥美さんはそんな人でした。
またある日です。
「みんなでさ、温泉行こうよ・・」「いいですね。何処にします・・?」
「うん。とっといたから。箱根の「耐星館」・・」「ほんとに・?いつを!?」
「来週の金土」「き、決め打ちですか・・!」「うん。空けてよ」「わっかりました!」ってな調子で、いつも有り難くも(?)一方通行ではあったが、愉しい旅行会が、定期的に催された。いつも渥美さん負担の招待旅行でした。
参加者は決まっていて、私たちのグループは、作家の早坂暁 東映の岡田佑介 役者の小坂一也(故)そしてゲスト女性(桃井かおりとか)そして私、の6人の仲間。
最初の温泉の旅で仰天したのは、お湯に浸かりながら、見せて貰った傷あと。胸一面に切り刻んだ手術の痕は、まるで巨大なムカデが這いつくばって、身体を覆い尽くしているかの模様であった。胸が半分陥没していた。左肺を摘出。肋骨4本を取り除いた大手術の結果だと聞いた。ほとんど、誰にも見せたことのない裸の姿を、何気に披露してくれた壮絶な瞬間だった。
渥美清さんは、それでも、30年にわたって、「フーテンの寅次郎」を、元気を装い、演じ切ったのだ。いつも疲れが消えなかったはずなのに・・。
亡くなられる一カ月前に電話が入っていたが、私は現場の仕事で、バタバタしている時で、返しが出来ないでいた。あー食事会の段取りをしなければ・・、と思いつつも、のびのびにしていた。そんな時に、突然の訃報だった。
「・・・・!!!」仰天した。そういえば、正月用「寅さん」の撮影に入る、少し前に、渋谷の中華料理店で何時ものように食事会をした時だった。畳のある個室で、ごろりと横になったまま、帰る間際まで、立ち上がることがなかった・・。
会話の中で、「わきちゃん、呑むのはいいけど、肝臓気をつけなくっちゃね・・」と、いわれた。今思えば、渥美さんは肝臓を患っていたのだ・・。
みんなががやがや騒ぎ、あるころ合いで「そろそろ、行くかい・・?」と渥美さんが声をかけ、食事会は終了した。支払いは、渥美さんが支払い、いつもの感じで外へ出て、ハンチングを深く被り直し、「じゃあね、また」と片手を軽く上げ、いつもの様に、人ごみの中へ消えていく。それがいつものパターンだったが、それがそのまま私にとっての、最後の渥美さんとなった・・。
一人だけで、遠いところを旅をしているのだろうか。それとも天国の温泉で鼻歌としゃれこみ、汗をながしているのかしらん・・。合掌。

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